東京高等裁判所 昭和40年(ネ)847号 判決 1966年7月28日
理由
按ずるに控訴人主張の事実中、訴外株式会社マル幸商店が昭和三十八年一月三十一日東京地方裁判所において破産の宣告を受け、控訴人並びに訴外江村高行の両名がその破産管財人に選任されたが、その後右江村高行が病気のため、昭和三十九年十一月二十七日右裁判所の許可を受けて辞任するに至つたことはいずれも記録上明白であり、控訴の趣旨記載の本件不動産につき、横浜地方法務局上溝出張所昭和三十七年十一月二十八日受付第一七七〇三号をもつて被控訴人のため同月九日売買による所有権移転登記手続がなされたことは当事者間に争のないところである。
《証拠》によれば、被控訴人の経営する訴外株式会社田中武平商店(以下単に田中武平商店という。)および破産者株式会社マル幸商店(以下単に破産会社という。)はいずれも昭和三十四年十二月頃から長野県上田市所在の訴外株式会社TM百貨店(以下単にTM百貨店という。)との間において継続的に繊維製品の取引(卸売り)をして来たところ、TM百貨店が昭和三十六年六月頃倒産するに至つたこと、右倒産当時TM百貨店の大口債権者は破産会社と田中武平商店のみで、他はいずれも小口債権者であり、破産会社の売掛金債権は金二百万円位であり、田中武平商店のそれは金二百八十万円位であつたが、TM百貨店の在庫品を回収した結果、破産会社の売掛金残債権は約金八十万円、田中武平商店のそれは約金二百二十万円となつたこと。そこで債権者らは債権者会議を開いて善後策を協議した結果、TM百貨店の監査役でその実権を握つていた訴外豊田正貴をして第二会社として訴外マル久株式会社を設立させ、同会社をしてTM百貨店の営業を継続させることにしたこと、その際右豊田正貴は出世払の約定の下にTM百貨店の残債務を引受けることを約するとともに、その支払を担保するため、同人所有の本件不動産を債権者らに提供したので、破産会社は他の債権者の了解を得た上、債権者代表の立場で本件不動産を預ることにし、同年八月八日破産会社の名義にその所有権移転登記手続を経由したこと、その後破産会社は昭和三十七年九月頃になつて、その営業資金にあてるため、被控訴人に対して金百万円の時借りを申込んだのであるが、その際破産会社の専務取締役であつた訴外降矢幸蔵は被控訴人に対し、破産会社において右借入金を返済することができないときは、前記豊田正貴の引受けにかかるTM百貨店の破産会社に対する買掛残債務を被控訴人の権利とすることでこれを決済するとともに、破産会社がTM百貨店の債権者代表として預つている本件不動産の所有名義を被控訴人に移転することをも承諾したので、被控訴人はこれを諒とし、同年十月一日破産会社に対し、同月四日を返済期として金百万円を貸与したが破産会社が右期限を過ぎてもその返済をしなかつたので、その頃被控訴人は前記豊田正貴の了解を得た上、右貸金については、被控訴人において、右豊田正貴が債務引受をした破産会社のTM百貨店に対する前記売掛残債権およびその利息を合計して金百万円とし、これを立替払をしたものとして処理し、(従つて被控訴人がこれを代位弁済したことにより、破産会社がその債権者の地位を失つたことになる。)同年十一月二十八日本件不動産につき自已名義にその所有権移転登記手続を経たものであることが認められ、他に特段の反証がない。(なお、前記貸付金百万円の返済期当時において、破産会社がその支払不能の状態にあり、あるいは破産会社がその支払を停止したものと認むべき証拠はない。)
以上認定の事実に徴すれば、本件不動産は前記豊田正貴が債務引受をしたTM百貨店の旧債務の譲渡担保として破産会社や田中武平商店を含む総債権者のために大口債権者の一人たる破産会社の所有名義とされたものであり、被控訴人が破産会社に貸与した前記金百万円の債権の決済として、被控訴人が破産会社の前記売掛残債椎および利息をTM百貨店の債務引受人たる豊田正貴に代つて弁済したことにより、破産会社は、本件不動産の被担保債権の一部であるTM百貨店に対する前記売掛残金債権即ち前記豊田正貴の引受債権が消滅した結果、担保権者として本件不動産の所有名義を保持する理由がなくなつたので、担保提供者たる前記豊田正貴の承諾の下に、被控訴人に対して本件不動産の所有名義を移転したものであるということができる。従つて本件不動産の右所有名義の移転は、何ら破産会社の総財産を減少させるものではないから、これをもつて一般破産債権者を害する行為であると断ずるべきではないし、破産会社や被控訴人に一般破産債権者を害する意思があつたものと認めることはできない。たとい被控訴人が破産会社の専務取締役たる降矢幸蔵と二十年来の友人として交際して来た者であるとしても、前記認定のような事情の下においては、ただ単にそれだけで直ちに被控訴人に一般破産債権者を害する意思があつたものと推論するのは妥当ではない。
なお控訴人は本件不動産がTM百貨店の債権者代表としての破産会社に預けられたものであるとしても、それは右債権者らおよび所有者豊田正貴との間の内部的関係にすぎず、これをもつて善意の第三者たる破産債権者並びに破産管財人たる控訴人に対抗できない旨主張するが、右主張の採用し難いことは原判決理由(原判決四枚目表九行目以下)の説示するとおりであるから、これを引用する。
然らば本件不動産の所有名義の移転は、破産法第七十二条所定の否認事由に該当しないから、被控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきであり、従つて原判決は正当であつて本件控訴は理由がない。